教育者モラル・教育事情のふと思ふこと 1

?2001年11月23日(金)ほどよい強制力を
大学時代に経済学を専攻され、ブリジストンの出向先の工場長も経験されて定年退職された知り合いにバッタリ会い、5分だけという約束でコーヒーを付き合わされた。
(一時間以上はなしてた・・・)
話し好きな人で、一般人として、企業戦士として、高度経済成長時代の社会を生き抜いてきた人ということで、
いろいろな話しを聞けるし、それだけいろいろな知恵ももらえる。
茶飲み話しがつきたころ、単刀直入に、
「”教育”ってなんでこんなになっちゃったんですかね?”学校崩壊”とか”教師のエンコー”とかですよ」
「景気変動と社会的モラルの質とは、なにか関係あるのですか?」
とふたつをいきなり聞いた。
「そんなこと今まで考えたことはなかったし、考える必要もなかった」という彼のことばを前提に、
会話をかわして、それなりのキーワードがみえてきた。
・学生の意見を聞いてみること。
・学生への教育は、”あるていど強制力(適度の有形力の行使)”が必要。その強制力は、学生にとってはいつかはありがたく思うこと。
・教師のモラル向上は、本来は罰則以前の問題だが、教師への罰則・制裁を強化すべし。
(ちなみにその知り合いは、学生時代麻布中高ですごされ、”鞭”を使ってた先生もいたそうです)
景気変動と社会的なモラルの質との関係については、やはり否定できないということです。
日本の景気の先行きが不安定で、さらに悪くなるという人もいるが、ならばモラルの質は向上するのかということですが、それはわからないということでした。
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“ほどよい強制力”ということばですが、”親のシツケ”にもあてはまると思います。
この点、”児童虐待”が増えているので、誤解を受けると困りますが、 児童虐待の”虐待”ということばの境界線をはっきりさせないと、将来、学生体罰禁止の風潮の時と同じツケがまわってくると思った。
ちなみにわたしも幼いころ悪いことをすれば尻をたたかれ、誤らなければ食事も抜かされた。
だが、けっして尻以外はたたかれなかった。
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ここの「ときたま思ふこと」の連載の最終回を前にして。
ひとつの物事について、”いろいろな見方・考え方がある”ということについてと、それらを”聞いてみる”ことと”考えてみる”という、ひとつの方法として書き続けてきました。
短い間でしたが、ありがとうございます。
?教職員の技術よりもモラルを(2001/9/20)
「ときたま思ふこと」は、ときたまのはずが連載を始めて毎日掲載してしまいました。
三日坊主にならないようにと・・・身の程知らずの独り言でした。
今年の五月頃、東京の渋谷区立小学校に新設されたパソコンルームへ見に行った。
教室に25台のパソコンが置かれていた。学校の人が言うには、機材があっても技術を教えられる人が学校にいないらしい。学校の中の先生でパソコンが詳しい人やインストラクターの委託など。とはいっても、技術面を教える人を見つけることはたやすい。
しかし、ネット上のモラルを教えることができる人がどれだけいるのだろうか。学校の先生自身のモラル教育が第一に必要な今日、ネット上のモラルを教えられる先生は少ない。
先生は権力をとられ、権威も低下していき、技術もなくモラルもない・・・。
ああ!!先生どこへ行く。
と思った。

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武富 武馬
[2014年8月8日にくも膜下出血で救急車で運ばれ、意識不明3ヶ月間を経て、奇跡的に後遺症なく半身不随なく退院してます。] 東京出身在住。Pon2 Music-音楽家(New Age、ヒーリング)-あ法論理学-たまにねっと。音楽、生活、論理、よもやま話、長生きしよう!!。着信メロディ。自作の音楽・着信音楽は、オリジナル音源です。テキストサイトも含めて15年になりますが、ごらんになる際は、各記事の日付には注意ください。