信用できない男

朝のテレビ。米テロ関連で、今後のアフガニスタン支援と自衛隊とについてを加藤紘一にコメントを求めていた。
忘れもしない。
彼は、昨年自民に内部テロ(クーデター)を仕掛けるが、失敗に終わり、自分のかわいさあまり離党できず国民をだまして石ころのように捨て、自民にとどまった信頼できぬ男である。
喧嘩知らずに起こした、ドタバタ喜劇の主役のこんな負け犬のコメントには、もうだまされない。

看護師

現在の看護職の法律上の資格の名称の、「看護婦」「看護士」を、「看護師」に統一する動きがあり、早ければ来春から法文上に「看護師」が登場するらしい
わたしは、「婦」と「士」のことばの差が差別的だからと安易に考えてた。
いろいろな力が働いてるとのことらしい。
・男が看護に進出できるよう開設された「看護士」という資格があるが、実際の看護士実務は看護婦にうもれて肩身が狭く、同一名称にして看護婦と同等に働きたいという男側からの要請があるとのこと。
・看護団体としては、医療現場での地位のアップ向上を図るため、医師の同等の「師」という字が欲しいらしい。
これに対しては、医師会では反発しているようだが。
「看護婦士」という言葉も候補にあったらしい。
法文上の資格名と、実務上の愛称は必ずしも一致しないから、実務上では今までどおり「看護婦」という言葉は生き残っていくであろうし、女性の「看護師」に見てもらいたくて、わざと「看護婦」と呼びそうだ。
さらに「女看護師」というマニア受けすることばも生まれそうである。二時間ドラマ「おんな看護師事件簿シリーズ~五月雨のナース」とかしたら、視聴率がアップしそうだ。
冗談はともかくも、 看護学校に30代のリストラ組男性も入ってきている。看護のボランティア精神を具えていると信じるが、単に不景気だから安定した職種として選んだという職業的な要素が多ければ、医療看護の質の低下を免れないであろう。

天才?誰が?

才・英才教育を扱ったTVをバカバカしく見た。そのような差別的用語を賛美するものでないと思う。
自称天才?(誰が?)という漫才師が司会をつとめる娯楽番組に目くじらを立てることもないが・・・。
そもそも人類同士の遺伝子レベルを比べてみても、人類とほかの哺乳類と比べたほど違いはない。
比較の要素にならないものどうし無理して比べ合うから、わずかな違いに誇大性を持たせて生まれながらの能力の違いを大きく見せようとする。
そしてそれは無用な個人同士の葛藤心・紛争心を生み、憎しみも生まれてくるだろう。
人によっては厭世観を呼び起こすことにもなる。
社会から見て、ある個人がどのような事柄について、どのような能力があるかを自然に気づかせてあげて、人為的でなくその能力を引き出してあげることこそ重要であると思う。
引き出された能力は自発的に社会に還元されるだろうし、結果的に社会に利益をもたらすと思う。
個の能力に社会から気づかせてもらえないままみずからいのちを落とす方がいるので、天才には程遠い自分の無能さに気づく。
こころからご冥福をお祈りもうしあげます。

されど狂牛病

「噂の真相」12月号(11/10発売)からおもしろい記事。
<農水省が、牛の肉骨粉の使用禁止措置をにぶらせた理由>
・屠殺場業務は、被差別部落出身者で占められていて、いわゆる”同和タブー”があったこと。
・肉骨粉を原料にする配合飼料の大手メーカーに日清飼料株式会社があり、この会社は日清製粉の100%子会社であるから、いわゆる”天皇制タブー”があったこと。
そして、流通の流れを把握できない”牛肉取引闇ルート”で流れた牛肉の危険性について触れている。

対極するタブーが重なったからというカトちゃんペのカトちゃんよりも強力なタブーだ。
「噂の真相」の記事をいまだに東スポレベルで聞き流す人がいたり、所詮、岡留(編集・発行人)がやってるから、とか鼻で笑う人がいる。
だからHP転載については、自分だけの判断に任せないで、10日発売の本記事について、今日(12日)、職場の数人に見せてから決めることにした。
すると、ウラがあるものだなと関心してた。ついでに、信憑性について聞くと、否定はされなかった。
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話し変わって、職場の先輩に、
「その話しにはウラのウラがあってな!!」と口癖になってる人がいる。
わたしは、「なんだ。ウラのウラはオモテだから、たいした話しじゃないんですか!?・・・で、どんな話しなんすか?」と聞くと、
「あのな!!・・」と苦笑いしながら声だかに話し始めるからおもしろい。

「インターネットの心理学」パトリシア・ウォレス著。

■今日のおすすめ書籍;「インターネットの心理学」
パトリシア・ウォレス著。川浦康至・貝塚泉翻訳。
2001年9月10日初版。NTT出版。3200円。

本書は、インターネット上の心理学を体系的にまとめた学術書。
本書は語る。インターネット上の人間の心理状態を新しい分野としてではなくて、あくまでも既存の心理学の領域の中の延長線上に置いて、検証していくのだと。
そうなのだ。インターネット空間の”バーチャル”を、”仮想”とか”虚像”と訳し、”仮想空間”と言う人がいるが、
訳に成功していない。
“virtual”と言う言葉は、”事実上の・実質上の・実際の”という意味合いが強い。つまり、インターネット上の社会は、”現実社会の延長線上にあって、現実社会とは異次元の社会ではない”と思う。
(旧、テキストサイトより)

故郡司篤考氏の名著作について(その1)

「怖い食品-1000種」1982年初版。ナショナル出版。1300円。
「続・怖い食品-1000種」1895年初版。ナショナル出版。1300円。
「偽りの健康食品」1985年初版。ナショナル出版。1300円。
などなど郡司篤考著。
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<内容>
食品を扱うどんな店でも売っている多くの商品名を写真つきでとりあげて、それらが使用している食品添加物を表示義務のないものまで具体的に著した本。
メジャーな食品の知られざる中身を暴露したスクープ本です。
<郡司氏の受け売り本??>
このたぐいの本で記憶に新しいのが「買ってはいけない」論争。
「買ってはいけない」(ムック)は、文体に論理飛躍的な部分も見受けられ、
文章の論理に隙間がありすぎて、しかも「買うな」と脅迫されているみたいで読んでいて不快感も生じた。
だからこそ、あれだけ反論本が出たのだろうと思う。
何かを主張するにはなるべく疑いの余地のない根拠・証拠を加えなければ、説得力が強まらないだろう。
文学でなく科学であればなおさらのこと。
そして、できれば反論されることも予測して主張しなければならないと思う。
「買ってはいけない」は、主張部分をごり押したために、反論本のエジキになったとみえてならない。
反論本が多くでてしまうと、一般人から見れば、「買ってはいけない」はインチキトンデモ本の部類に属されてしまい、そのなかに書いてある真実である部分の信憑性が少なくなってしまう。
「買ってはいけない」の著者や版元(個人的には好きでない・・むかしはファンだった人がはじめたところ)の
残した功罪は大きいと思う。
それに、「買ってはいけない」は、郡司氏の本の受け売りな部分も見えるが、参考文献に一切あげてないところも不信感がわいた。
<惜しまれる郡司氏>
郡司さんは、他界されてしまい悔やまれる。
息子さん(郡司和夫氏)が、あとをひきついで同種の本を出しているが、がんばってほしい。
(旧、テキストサイトより)

「もしも自分が権力者だったら・・・」

(もしも自分が高木ブーの雷さまだったら・・じゃなくて政治権力者側の権力者だったら・・・・)
ネットのサイトを娯楽系と報道系と政治系とに無理やり三分類したばあい、アダルトサイトも含めて娯楽系がかなりヒットする。
サイトに訪れる人は、自ら考えることも少なくてすみ、癒してくれたり自分の欲求を満たしてくれるからだ。
もしも僕が権力者だったら、ネット利用者の心理的負担や時間的な負担などをプロファイリングして、ネット利用者のパワーを政治系から背かせるだろう。
自分の政治に口出ししないように、ネット情報の信憑性を疑わせたまま、せいぜい私人同士で、アダルトサイトや匿名掲示板で楽しんでいて欲しいと思う。
ネット利用者のほとんどは、それで”表現の自由”や”情報の流通”が満たされたと錯覚してくれるからだ。
ネット利用者の総パワーを政治的に利用をすると、政府転覆にもなりかねない勢力になりうると感じた。
政治権力側ばかりが、政治系にネットを利用している今日。
何億もの税金を利用して”メルマガ”を出してギネス新記録とはしゃいでられるのは、今だけかもしれない。
(もちろん被治者側の方で政治系のサイト利用されてる優秀な方はたくさんいます)

音楽、生活、論理、よもやま話、長生きしよう。。着信メロディ。自作の音楽・着信音楽は、オリジナル音源です。